小平市役所
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市報こだいら4面の記事を抜粋して掲載します。
おだくらまこと。
平成5年(1993年)7月20日生まれ。
三井住友海上トライアスロン部所属。
小学3年生から水泳を始め、日本体育大学入学後にトライアスロン部に入部して競技を始める。
令和元年10月の日本選手権で3位、11月のワールドカップ・サント・ドミンゴ大会では8位入賞。ラン(長距離走)を得意とし、粘り強いレースを展開するところが魅力の選手。
小平市在住。
東京2020オリンピック・パラリンピックの正式種目トライアスロン。
そのトライアスロンで世界に挑む小平市出身の選手がいます。
世界に挑む強い思いやそれを支えるもの、そしてトライアスロン競技の魅力に迫ります。
現在、世界でも活躍する小田倉選手がトライアスロンを始めたのは、大学1年生の時でした。
「高校時代の水泳部の先輩が大学のトライアスロン部に所属していて、声をかけられました」
トライアスロンに誘われた当初、どのような競技か全く知らなかったといいます。
「トライアスロンとは何だろう、と思って、どのような競技か聞いてみたところ、まず1.5キロメートル泳ぐと言われた時点で辛すぎる、有り得ない、と思ってしまいました」
小学生のころから水泳はしていたものの、これまで泳いだことのない1.5キロメートルの長距離を泳ぐことができるのか、小学校から走って帰ったり、市のマラソン大会で2位をとったり、走ることが得意ではあるものの、10キロメートルも走れるか、さらには経験したことのない自転車のレースへの挑戦。
自信はなかったものの、トライアスロン部に入部し、選手としての一歩を踏み出しました。
トライアスロンにはスイム(水泳)、バイク(自転車)、ラン(長距離走)の3種目があり、各選手の得意・不得意によって3種目それぞれでの順位がめまぐるしく変わっていきます。
そのため、選手たちは3種目それぞれをどのように戦うか、作戦を練って臨みます。
小田倉選手が得意なのはラン。目標の順位になるために自分の長所を生かす戦法をいつも考えています。
11月のワールドカップで8位に入賞した時も、作戦を立てて試合に臨んだといいます。
「ワールドカップの時は、3種目とも調子が良かったので、最後のランにできるだけ体力を残して、ほかの選手に競り負けないようにするにはどうしたらいいかを考えました。バイクでは、30人ほどの集団になるので、身長が高い選手の後ろについて風よけにすることで体力を温存し、ランでも、身長が高い選手の後ろについて、最後まで自分の体力を残すようにしました」と話します。
ラテン語で3を意味するトライと、競技を意味するアスロンが名前の由来で、主に海などでの水泳(1.5キロメートル)、自転車のロードレース(40キロメートル)、長距離走(10キロメートル)の3種目を続けて行い、総合タイムを競います。
主に海などを1.5キロメートル泳ぎます。
競泳のように泳ぐコースが分けられていないため、大混戦になります。
自身の泳力に加え波をうまく利用することも大切です。
主に自転車で40キロメートル走ります。
平均時速40キロメートルのスピードレースです。
集団になることが多く、特にコーナーやUターン地点では順位変動が激しくなります。
主に10キロメートルを走ります。
スイムとバイクでどれだけ体力を温存できたかがカギを握ります。
世界のトップ選手の中には、10キロメートルを28分台で走る選手もいます。
小田倉選手の得意なランを生かすために行っている、日々の練習の一部を見せてもらいました。
午前7時30分、プールで水泳の練習を開始。
1日に約5キロメートル~6キロメートルを泳ぎます。
実際の大会では一斉にスタートするので、混戦になり、足で水を蹴る力だけでは前に進めません。
そのため、腕の力で前に進めるように、足にビート板などを挟んで上半身の力をつけることを意識した練習をしています。
水泳練習のあとは、約1時間、体幹のトレーニングや、現在、課題として取り組んでいる、下半身の筋力を増やすことを意識したトレーニングをしています。
トレーニングの後は、いったん休憩します。
午後は約1時間30分、室内でバイク(自転車)をつけたトレーニング用ローラーを回して練習しています。
野外の練習は、市街地では信号が多く、実際のレースを想定して走る練習をすることが難しいため、サイクリングコースのある彩湖(埼玉県)や合宿地などを走って練習しています。
日によって違いますが、大体15~20キロメートル走ります。
東村山市の練習拠点から八国山緑地までや、小平霊園まで走っていることが多いです。
練習が休みの日も、玉川上水沿いを走っています。
地面が土なので、着地の衝撃が柔く、足に優しいです。また、足元が安定していないため、体幹が鍛えられます。
世界の舞台で走り続ける小田倉選手。
過酷なレースを最後まで駆け抜けるその思いと、自身を支えているものを語ります。
小田倉選手の強みは、最後まであきらめないレースをするところです。
これまで出場した大会では、周回遅れで競技打ち切りになった時以外はすべて完走しています。
競技中にトラブルが起きてもあきらめずに最後まで競技してきました。
「バイクで残り3キロメートルのところで自転車のタイヤがパンクしてしまったことがありました。その時は、自転車を担いで3キロメートルをはだしになって走りました」
当時使っていた自転車は重さ約8キログラム。それでも、小田倉選手は完走しました。
「自分の強みは粘り強く最後まであきらめないでレースをするところなので、最後まで可能な限り食らいついていっています」
あきらめずに最後まで挑戦するようになったきっかけは、尊敬するトライアスロン選手からの言葉でした。
「大学生のころ、当時トライアスロンのトップ選手だった田山寛豪(たやまひろかつ)さんに初めて会ったときのことです。トライアスロンの大会の手伝いが終わって集合していたトライアスロン部の私たちに、「絶対にあきらめないで挑戦し続けてください」と話をしてくださったその言葉が心に響いて、それからはダメだ、と思っても簡単にはあきらめなくなりました。今、スポーツやいろいろなことに挑戦している子どもたちにも、最後まであきらめないで、自分のできる限り、精一杯挑戦してほしいと思っています」
競技生活の中では、調子を落としてしまうことや、辛いこと、挫折してしまったこともあったという小田倉選手。
それでも競技を続ける原動力となったのは、家族や職場の人、小・中学校を過ごした地元・小平の友人など、周りにいる人の支えや応援でした。
「1人では挫折していましたが、いろいろな人たちからの支えや応援がモチベーションになって、復活できたと思っています。小・中学校時代のクラスメートから今でも応援メッセージをもらったりしますし、調子を落としていた時に会って、一緒に遊んで励まされたこともありました。小平はとても思い入れのある場所ですし、支えてくれる地元の人たちの期待や応援に応えたいです」
体型や体格が似ている、2016年のリオデジャネイロ・オリンピックで銅メダルを獲得した南アフリカのヘンリ・スクーマン選手です。
小柄でも世界の上位で戦えることに刺激を受けたと同時に、世界で戦うためにこの選手に勝ちたい、という思いが芽生えました。
今後の大きな目標は、東京オリンピックに出場することです。
世界のトップ選手と同じレベルに到達するために、スイム、バイク、ランそれぞれの種目ごとに目標を立てて、トレーニングに励んでいます。
直近の目標は、3月の世界トライアスロンシリーズ・アブダビ大会に出場して、16位以内に入ることです。
ITU世界トライアスロンシリーズ・アブダビ(アラブ首長国連邦)大会
世界最高峰の大会の初戦で、東京オリンピック代表選考レースです。
ASTCアジアトライアスロン選手権・廿日市(広島県)
アジア35の国と地域から、代表選手が出場します。
ITUトライアスロン
ワールドカップ・成都(中国)
東京オリンピック代表選考レースです。
ITU世界トライアスロン
シリーズ・横浜大会
一番見てほしいのは、5月16日の世界トライアスロンシリーズの横浜大会です。
テレビでも生中継されている大会なので、世界と競っているところを見てほしいです。