小平市役所
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更新日: 2010年(平成22年)5月20日 作成部署:教育委員会教育部 図書館
子ども文庫や図書館のおはなし室で、おはなしのおばさんをしている私は、夏になるときまって日本の昔話「猿の生き胆」を語る。
日本各地で伝えられていてご存じかも知れないが…
竜宮浄土のお姫様が重病にかかり、なかなか治らないので占いをする人にみてもらうと「陸(おか)に住んでいる猿の生き胆を飲めば治る」とのこと。
そこで亀が猿をだまして竜宮浄土に連れてきた。大変な歓迎を受けた猿が便所で耳にしたくらげの子守り歌にびっくり。それは「猿は生き胆を取られるだ…」と歌っていたのだ。
知恵をしぼった猿は、「大事な生き胆を木の上に干したまま忘れてきてしまった」と言って、今度は猿が亀をだまして陸まで送ってもらい、木の上に登ってから亀に向かって悪態をつき石をぶつけて、「どこの国に体の中の肝を取り出して干す者がいるものか」と言って亀を追い返した。
亀の甲羅のひびはその時に入ったもので、子守り歌を歌ったくらげはさんざん叩かれ骨まで抜かれて、今では海にくにゃくにゃ浮いているという動物譚である。
だまされた猿が危うく生き胆を取られそうになったが無事に陸に帰るので、聞き手の子どもたちは、してやったりと拍手喝采。
これを語りながら、私は『小平市史料集第16集 村の生活2』に収録されている、天保10年(1839)5月の「生胆癩病之妙薬之由ニ而子供殺害一件調書」(小川家文書)のことをいつも思い出す。これは甲州巨摩郡下山村(現在の山梨県南巨摩郡身延町下山)で起こった事件である。
百姓の定兵衛が不治の病気にかかり、それを治すために斧兵衛と太平治が申し合わせて、友八の三男米蔵(十歳)を河原で殺害し生き胆を取り出したという話である。何とも痛々しい内容だ。この事件の手配書が小川村にも回ってきて、御用留(代官所などから下された命令や通達、村から出された訴状や願い書を、村の運営を担っていた名主や庄屋が書き写し、村政の参考にした資料。)に書き留められているのである。
今昔物語の世俗編で昔「児肝を取りし話」を読んだ覚えもある。生き胆は古くから妙薬とされてきたのだろう。
昔は呪術などが重要な治療手段で、これも昔話の中に民間療法として語られてきたのかも知れない。
私事で恥ずかしいのだが、子どもの頃病弱だったので、うなぎの生き胆を飲まされたことがある。湯呑みに青黒い妙な塊(かたまり)が入っていて、目をつぶって泣き泣きやっと飲み込んだ。これは一回きりだったが、その他に巣鴨のお地蔵さまのお姿(細長い紙のお札)も白湯と一緒に飲まされた。この齢になっても、まだ元気でいられるのは、もしかしてこれらの民間療法のお陰かも…と私はひそかに思っている。