小平市役所
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冬の楽しみ方ちょっと昔のお話を紹介します。
凧あげというと、今はお正月の遊びだけど、昔は冬になると、子どもたちは凧あげをして遊んだものよ。
凧あげをするには広い場所が必要でしょ。春の種まきまでは畑が空くから、そこで凧あげができたの。
凧は買うこともあったんだけど、自分で作ることも多かったのよ。
どこの家にも竹やぶがあったから、そこから竹を取ってきて、割って削り、竹ひごを作るの。それで凧の骨組みを作って、和紙をのりで貼るのよ。
凧の足には、紙だと弱いから、縄をつけたり、布をたたいて、柔らかくしたものを、使ったりもしたのね。
凧が出来上がると畑に持って行って凧を上げるんだけど、昔は、建物がないし、冬場はいつも強い北風が吹いているから、凧がぐんぐんと上がるのよ。
空高く上がって、凧が小さな点ぐらいの大きさに見えるぐらいになると、そこらへんにある棒や木に縛りつけてしまうの。
するとそのまま、ずっと凧を上がりっぱなしにしておけるの。
朝に上げた凧を、夕方におろしたこともあったのよ。
凧は子どもだけじゃなくて、凧好きな大人たちも遊んだわ。
畳(たたみ)一枚ほどもある大きな凧を作ってね。
とても一人じゃ上げられないから、何人かで協力して凧を上げたのよ。
昭和の初めごろのお正月には、若い人たちの間で、小倉百人一首を使ったかるた会が、すごくはやったのね。
百人一首のかるたは、読み札(ふだ)と取り札があって、読み札は和歌の句と、その和歌を詠(よ)んだ人の絵、取り札は、和歌の下(しも)の句の文字だけが書いてあるの。
和歌を覚えていないと下の句の取り札がとれないから、お正月が近づくと毎晩のように、兄弟姉妹で一生懸命、百人一首の和歌を覚えたのよ。
今は一月も七日を過ぎれば、お正月気分がかなり薄れるけど、昔は、一月十五日を小正月と言ってね、一月一日から小正月までは、お正月だったの。
それで、小正月の十五日までは、あっちの家で、こっちの家でと、みんなで集まって、何回もかるた会をやったのね。
行くときには、みんな早めに夕食を済ませて、兄弟や近所の友だちも誘って、一緒に行ったのよ。
かるた会では、源平(げんぺい)といって、源氏(げんじ)と平家(へいけ)の二組に分かれて、取り札の数で勝ち負けを競ったり、百枚の取り札を全部ちらして、まわりをみんなで取り囲んで、取りっこをしたりと、そのときによって、いろんな遊び方をしたのよ。取るのが上手な人は、読み手が上(かみ)の句の最初の一文字を読んだとたん、さっと下の句の札を取るのよ。よく覚えている札でも、なかなか取れなかったわね。
夜遅くまでやっていたから、かるた会をする家では、甘酒やおしるこを作ってくれたり、みかんやお菓子を用意してくれたりと、親たちもみんなが来るのを楽しみにして、協力してくれたの。
帰りは、夜中の十二時過ぎになったわね。
十二月から三月までの農作業が暇になる農閑期に、小学校の裁縫室を借りて、十代の若い女性のための裁縫教室があったの。
裁縫室は二十畳以上もある広さだったから、四十人ぐらいの人が通ってきていたね。
今は、義務教育は小学校六年、中学校三年の九年間だけど、このころは六年間しかなかったの。
補習教室と言ってたんだけど、朝は、小学校が始まる時間から、午後は三時ごろまで、教えてもらったの。
(注)市報こだいら2024年1月1日号から抜粋。
市報こだいら2024年1月1日号 こだいらちょっとむかし(PDF 1.9MB)